訃報:山田耕嗣 先生

2008-03-30の日記に書いたんですがBCLブームの立役者の
山田耕嗣さんが19日に病気により、お亡くなりになられたそうです。


私が子供の頃、どれだけ先生の著作を読んだ事でしょう
何度も読んで、親には高価な短波ラジオを欲しいと訴え
(結局お年玉と小遣いを3年近く貯めて買いましたが)
インターネットの無い時代に、外国を感じる事が出来たBCLという
素晴らしい趣味に出会えました。
とても感謝しております。


あの時代、子供が何も考えずに、鼻垂らして遊んでても良かったのですが
BCLに出会い、クラスでBCLクラブを作ったり、放送局に手紙を書いたり
(御中なんて付けたり)海外旅行も珍しい時にエアメールの出し方を
山田耕嗣先生の本を参考に勉強して、海外日本語放送局にも手紙を
出したりしました。普通の鼻垂れ小僧なんかよりずっと、いろんな事を
勉強させていただきました。(単なるマセ餓鬼だとも言えますが)


今でも山田耕嗣先生の著作はほとんど持ってますし、今年出た三才ブックス
BCL本も日記に書いたとおり仙人と見間違うようなお姿で、安心したくらいです。
ハムフェアでの講演も控えてたと言うことですが、木更津に移られたのは
療養だったのでしょうか。
出来れば土曜の告別式には駆けつけたいのですが、仕事と距離はどうしようもありません。


漫画界で言えば「手塚治」氏が亡くなられたのと同じくらいと言えば
御存じない方も、御理解いただけるでしょうか。


今でもBCLラジオは稼動状態ですし、最新?のアンテナALA-1530も装備してます。
当時からの仲間は多分、クーガーやスカイセンサーはとっくに手放して、山田耕嗣先生の
名前も忘れてしまってるのかもしれませんが、たまに聞こえるEスポでコミFMや
カーラジオで国内中波の遠距離が入った時は、受信報告書を書いたりしてます。


そういえばニフティ ラジオハウスのMES6のみんなはどうしてるのかな
この残念なお知らせが、久しぶりの連絡になったとネットでも色んな所で
書かれているみたいです。


電離層、成層圏の彼方に先生は旅立たれましたが、遠い空から
ブームがまた静かに再燃したBCLを見守っていただきたいと思います。